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今日はちょっと不思議な話をさせていただきたいと思います。
「意味のある偶然の一致」と訳されるシンクロニシティ。
ふと思ったことが現実に起きることがですが、それは心の状態によってはネガティブなできごとを引き寄せることもあるものです。
そうした心の動きについてお話ししたいと思います。ちょっと怪しい話です。
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少し変な話なのですが、気になってしまい投稿します。
自分では知らないし、予感するほども近くにはいないのに、脳が勝手に察知して影響を受けることってあるのでしょうか。
最近、なにこれ予知能力?みたいなことが立て続けに起こりました。
1)なぜか仕事帰りにめちゃくちゃ疲れていて、もういっそ死にたい、通り魔とか出ないかな、刺してくれないかな、でも中途半端に刺されて死ねるのかな、と考えながら帰ったら、近所で通り魔により殺人未遂事件が起こっていたことを帰宅後知った。
2)連絡も取ってないし何年も会ってない学生時代の友人が泣いてる夢を見た→体を壊して長年勤めていた会社を辞めて実家に帰ったらしい、と人づてに聞いた。
3)屈辱的な裏切り方をした男とその彼女(もと友人)の夢を3日連続見た。→久しぶりに飲み会やるから来ないか、と男からLINEが来た。(無視した)
4)ゴキブリの夢を見た翌日に部屋に出た。(比喩ではありません)
ちなみに私はスピリチュアル的なことには昔ハマったことがありますが今は苦手、というかむしろ嫌いです。
こういう話、なんとか心理カウンセラーさん的に説明がつかないでしょうか?
(Hさん)
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なかなかうまく行かなくて悩んでしまう裏側には「自分に期待しすぎてる」というイヤな問題が隠れてることが多いものです。
自分はこれくらいできるはず、と無自覚に思っているので、自分に求める“基準”が高くなりすぎているのです。
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お散歩途中で本屋さんに寄ったら新刊が平積みされていて思わず感動してしまった私です。こんにちは。
お礼に1冊購入して店員さんに名乗ったら「えっ?」とドン引きされました。笑
この本屋さんで自分の本を発見したのは初だったのでうれしかったですー!
さて、そんな前置きはさておき、今日は「自分に期待しすぎてない?」というテーマでお届けしたいと思います。
たぶん、今日もその新刊「今日こそ自分を甘やかす」(大和書房)のステマ的な内容になるかもしれませんが(○○しすぎてる、だから)、笑ってお付き合いください。
内容は至ってまともです。笑
というのは昨日つらつらとTwitterを眺めてまして、とある方(ほんとに誰か忘れた)の「自分に期待しすぎてるのかも」というツイートを発見し、「あるよなあ、うん、あるよなあ」と思ってました。
後々その「自分に期待しすぎる」という言葉が脳内に残り、「これ、ネタになるよなあ」と思った次第です。
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相手の話を聞いてるときって私たちは自分の中にあるフィルターを通してそれを聞いています。なので、時々相手の意図とは違う形でその言葉を聞いてしまうことがあるんです。
そのズレを修正しないままだとその誤解が広がって喧嘩になったり、距離を置くことになったりするんです。
「それってどういう意味?」と自己判断せずに一旦受け止めてみるといいのです。
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今年の10月から私が監修したキャリアカレッジさんの通信講座「自己肯定感アップカウンセラー資格取得講座」が始まっているんですね。
こちらはテキストにQRコードが印刷されていて、質問があったらそこから気軽にできるようになっていて、その質問に私が答えるわけですね。
で、その中で「ああ、これ、いいテーマだなあ。けど、めっちゃムズイよなあ」という話がありましたので、ネタにさせていただこうかと思った次第です。
で、質問というのはこんな内容でした。
「自己否定ってしないほうがいいんでしょうか?というのも『自己成長するために自己否定は必要で、今の自分を否定してどこを変えればいいのかを考え自己成長につなげていく。自己否定がない人は現状に満足しており、成長したいと思わない人だ』という話を聴いたことがあります。」
これ、みなさんはどう考えます?どう思います?
みなさんから意見を聞いてみたいなあ、と思うんですよねー。
私のブログや本、セミナー、動画では「自己否定はよくないよねー」という話をたくさんしてますし、そのキャリカレさんのテキストの中でも「自己否定はやめたほうがいいよねー」という話をしています。
なので、質問者さんが「あれ?自分が聞いたこととは違うなあ」と思われるのも無理はないわけです。
で、こういうことってほんとよくあることだと思うのです。
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自分に厳しすぎることって意外と気付きにくいものなのですが、その一つの指標が「いま幸せ?」という問いかもしれません。
自分に厳しすぎると幸せを感じる“基準”が高くなってしまうようです。
自分を甘やかすことで基準を下げ、幸せを感じやすくするのです。
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「自分に厳しすぎる」そんな人のための本を書き下ろしました。
「今日こそ自分を甘やかす」(大和書房)。
金曜日くらいから書店に並び始めていると思いますが、今日は大いにステマ目的の記事を書いてみようと思います。
この本は「自分に厳しすぎる人」という表現をしていますが、これは“○○過ぎる人たちを集約すればそうなるんだよね”という思いから生まれたものです。
自分に厳しすぎる人、というのは、言い換えると
「誰かのために頑張りすぎる人」
「じっと我慢しすぎる人」
「何かと犠牲しすぎる人」
「期待に応えすぎる人」
「いい人になりすぎる人」
「理想を高く設定しすぎる人」
「自分を低く見積もりすぎている人」
「自分より他人を優先しすぎる人」
「一人で抱え込みすぎる人」
などなどです。たくさんあります。いっぱいあります!
そんな「自分に厳しすぎる人」の心は常に緊張しており、“修行僧”のような日々を送っています。もちろん、そんな自覚はないですけれど。
そりゃあ、比叡の山や大峯山に籠って千日回峰行に挑もうとする修験者であれば全然いいんですけど、みなさんはまだ出家されてないですよね?笑
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職場の環境がイヤで転職したのにまた似たような状況になってしまった・・・みたいな、人や環境を変えても繰り返されるできごとを「パターン」と言います。
このパターンは外側の世界が作り上げているように見えるのですが、実は自作自演、すなわち、自分自身の内面が作り出した世界なのです。
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根本先生、いつもお世話になっております。
辛かった営業時代、ブログや御本を浴びつつ、心身共に壊れた前職から転職を果たしました。ありがとうございます。
悩んで納得して、自分の望む仕事をゲットしたのですが、それも束の間でした。
異動に次ぐ異動で、前と同じ仕事をすることになってしまいました。
年収も福利厚生もガクッと落として転職したので、望む仕事も出来ず条件だけ悪くなったようで、なかなか納得できない自分がいます。
ゾッとするのは、前に心身を壊した時と状況がかなり似ていて…デジャヴというのでしょうか。
親族を亡くし(前は祖母で今回は母)、異動先の前任者が居なくなり(前は異動と産休で今回は定年)、公私共に混乱の中で新しい仕事に取り組むという状況です。
これからもこんな辛い状況が定期的に繰り返されると思うと…今度亡くすのは私自身なんじゃないかと思う程です。
これは私にビジョンが無いから堂々巡りをさせられているのでしょうか。怖い。
でもやりたいことが無いのです。できればもう何もやりたく無い。
良かったらネタにしてください。宜しくお願いします。
(Sさん)
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「欠点を指摘される」と気分が悪いものですが、でも、それって欠点を指摘されたからだけでしょうか?というお話です。
その欠点を丁寧に、言葉を選んで伝えられたらそこまでダメージは受けませんし、自分がご機嫌だったら欠点を指摘されても気分は乱れないものなのです。
つまり「何を言われるか?」よりもお互いの感情のやり取りをしてるのがコミュニケーションなんです。
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根本さん。最近私のリクエストはスルーされ気味なのですが、ネタがないとのことで、今なら採用確率高いのかな?と思うのでリクエストします。
内容は、自分の欠点?(悪いところ)を人に指摘してくる人について、です。
例えばウチの母は、「文句ばっかり」とか「あんたは言ってることがコロコロ変わる」とか「外面が良いんだから、あの人」等と批判的に言うのですが、文句ばかりなのも、言ってることがコロコロ変わるのも、外面が良いのも、人の事批判するけど、その特徴を持っているのは母自身なのにな、と私は思うのです。
勤務先でも、似たような人がいて、はあ?私を攻め立てるように言ってくるその内容、自分自身じゃないの?と思います。
こういう人達って、どういう心理なのでしょうか?
自分自身も、文句ばかり言ってる、とか、言ってることがコロコロ変わる、とか、外面が良いところがある、という自覚がないのか、
それとも、私がシャドウとなり、その人は自分の嫌悪感を私から刺激されて苛立っているのでしょうか?
どちらにしてもウザいので、対処法もお願いします。新刊楽しみにしています。
(Kさん)
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今、けっこう好きなことができてるんだけど、イマイチ充実感が足りねえ、満足できねえ、という声を聞くことがあります。
何も間違ってることはなくて、もっと欲深く楽しみを求めていけばいいと思うんですよね。そのカギが「感謝しながら今を楽しむ」ということなのです。
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根本先生、こんにちは。
人生を無駄にしてるような感覚についてお聞きしたいです。
わたしは服や小物を作ったり、推し活、漫画を読む、料理、絵や漫画を描くなどやりたいことがたくさんあります。
それで、仕事中や恋人と一緒にいる時、時間を無駄にしてる感があります。
彼氏とは最近別れましたが、別れた時は開放感というか…自分に時間を使える!という嬉しさが強かったです。
(もちろんちゃんと大好きでしたので一週間くらいは何もできないくらい悲しかったですが…)
仕事に関しては、やりたいわけではないけどできるし嫌ではない仕事、という感覚で、正直つまらないけどお金をもらうためになんとかこなしています(新卒3年目です)。
お給料も人間関係も特に不満のない職場で、とても恵まれていると思います。
たくさんある趣味はどれも幼少期から好きです。上手にやろうとはあまり思っておらず、楽しく手を動かしたくてやっているため基礎も勉強していませんしレベルは高くないと思います。
職業にしたいな~とかは今まで考えたことはありません。一瞬、カバン職人になりたい!とか花屋さんになりたい!と思ったことはありましたが、調べてみて収入が希望より低かったので、第五希望くらいでやりたかった今の仕事を選びました。
なので仕事に対する自己実現欲求みたいなものがあんまり高くない気もしています。
毎日ただただ日々が過ぎて行くのを待っているような感じがして、怖くなったり焦ったりします。
好きなことを全然やれないまま死んじゃうような気がするけど、本当に自分がやりたいことは上に書いた趣味の中にもないんじゃないか…と感じています。
どうしたら満足感や、生きてる!って実感を感じながら生きていけるのでしょうか。
5年ほど前から根本先生や真島あみさんや先生の母校にもお世話になっており、5年前とは比べ物にならないくらい見える世界が変わった実感があるのですが、この人生に対するつまらなさや諦めみたいなものはずっと残っています。
漠然とした内容ですが、もし使えそうだったらネタにしていただけると幸いです。
(Yさん)
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姉妹のような非常に近い距離感の相手に劣等感を持つと、あらゆるものが「他人軸」になってしまい、自分の魅力や価値を全く受け取れずに自信が持てなくなります。
だからこそ、そこは気合を入れて「自分軸」を取り戻すことがとても大切なのですが・・・。
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先生こんにちは。自分の結婚式の日に見事闇落ちした迷える自武女です。最高な思い出と同時に最低な思い出まで作ってしまいました…
発端は式が終わり、家で写真をみながら私が夫に「やっぱり私より妹の方が可愛いかな?」と聞いた事です。
すると夫は口籠るので、はっきり申してみろ!とヤケになった所、曰く「系統が違う。確かに妹は可愛いけど妻ちゃんは可愛くはない」と言い放ちやがりました。
多分、妹は可愛い系で私は綺麗系だと言いたかったのかと。
でもドレス姿に綺麗だという言葉は無かったし、そもそも普段から全然褒めてくれないし。今日のために綺麗になるべく努力を重ねてきたのにこのザマかと。
虚しくなってしまい、その夜から家庭内籠城を開始した次第です。
諸悪の根源は、異常なまでの妹への劣等感です。
何一つ勝てないと思って生きてきたし、私が可愛くないのは知っているし、惨めで消えたくなるから同じ空間にいたくない。
ただこの日だけは、夫にだけは、「妻ちゃんが一番綺麗で可愛いよ」と言って欲しかった。
…いや、いざ言われたら、薄っぺらい戯言などいらぬ本音を言え!と捲し立てたんだろうなあ。可愛くないと言わせたい誘導尋問の自作自演ですね。
私がどうしたいのか?ですが、誰がなんと言おうと思おうと、私は最高の女♡と凛としていられる人になりたい。
夫に言って欲しかった言葉は自分が自分に言ってあげたい言葉なんですよね。
それができてから夫からも褒められるようになって、受け取れるようになりたい。
ついでに式の為に9キロ痩せたので先生にも褒めて欲しいです笑
需要がありそうでしたら、ネタとして供養していただけると幸いです。
(Nさん)
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このところタイトルのような相談が増えてきて、周りの人にもそういう人がいるという声も聴きネタにしてみました。
気が付いたら無気力になっていてやる気が出なかったり、好きなことができなくなったり、いろんな欲求がなくなっていたり。
そんなときは「何もしない」でいいんです。
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夏前くらいから「無気力でんねん」的な話をよく伺うようになりまして、そろそろネタにしようかなあ、と薄々思っているうちに冬になってまして、最近も「なんかやる気でねぇ」という声をちょくちょく伺うので、やはりネタにしてみようと思った次第です。
気軽なコラム的な感じで読み進めてもらえたら幸いです。
最近の日本では陽性者数(PCR陽性と感染は意味が違う)がだいぶ減ってきまして、何となくアフターコロナ的な雰囲気もあるわけですけれど、そんな中で「このところやる気がでなくてねえ」とか「なんか気力が湧かないんす」という声をちょくちょく耳にするようになりました。
また、夫婦関係のご相談でも「今までうまく行ってたのにこのところギクシャクしてんねん!どないかせな!」みたいな話も出てきます。
言うまでもなくコロナ禍の心理的影響が徐々に表面化している証だと思います。
ちなみに昨年は「それまでもあんまりうまく行ってなかった夫婦が揉める年」だったのですが、今年から来年にかけては「うまく行ってると思ってた夫婦が揉め始める年」になりそうです。
これは夫婦関係に限らず、親子や職場、友達などのあらゆる人間関係で生まれてきてると思います。
また、昨年は元々いっぱいいっぱいだった人がさらに重たい荷物を抱えた年だったのですが、今年はコロナ禍でも比較的元気に過ごしていた方が無気力さを訴えることが増えてきています。
covid-19は人間関係を分断させただけでなく、心理的に相当なストレスを一様にかけています。
渦中は緊張感もあって何とか持ちこたえるものの、その期間が長引き、また、陽性者数の減少で気が緩んだりすると、渦中のストレスがドッと出てくるものです。
影響を受けなかったのは元々引きこもりであまり家から出なかった人たちくらいでしょう。
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