『カウンセラーは個性で売っていく』

個性というととても幅広いジャンルの話になるわけですが、あなたがあなたである証、だと思ってるものです。
顔もスタイルは目に見える個性です。ファッションも声も仕事も趣味も個性です。

そして、あなたの価値観や考え方や性格も個性です。

それは存在しているものであって、良いも悪いもありません。
あるもんだから、しょうがないわけです。

ここで自分を否定的に見ると、自分が持っているものには価値を見られず、ないものに価値をおくようになります。

あの人はあれができるけど、自分はそれができないからダメだ、と。

自分にはあの要素がない。それを持っているあの人はだから成功するんだ。

自分にもあの要素があればもっとうまく行くのに。

私も散々そういうことを思ってましたけど、あるときから、しょうがないよなあ、と思うようになりました。
ないものはしょうがない。それが必要ならある人に手伝ってもらおう!と他力本願を学びました。

私はあれこれアイデアを浮かべるのは好きなのですが、その実行力に多少の問題があります。また、飽きっぽいので長く同じことを続けることができません。
また、人との折衝や付き合いも得意ではないので、あまり顔は広くありません。
なので、その部分を補ってくれる岩橋夫妻と一緒に仕事をしています。

ないものを受け入れると、あるものに光が当たります。
あるものに光を当ててから、ないものを受け入れると考えがちで、それもいいんだけど、どっちでもいいのです。

私の師匠は漫談家みたいに人を笑わせたり、楽しませたりするのが得意です。私にはその要素はないよなあ、と思ってました。でも、別に人を笑わせなくてもカウンセラーはできるわけです。まあ、そりゃそうだわ。

一方、私の同期にとても聞き上手な友人がいます。誰もが彼女と話したくなるようで、周りの人からお誘いが絶えません。
私は話を聞くのはあまり上手ではなく、相槌もうまく打てません。彼女は天然のカウンセラーだ!と羨ましく思ってました。

でも、話を聴けなくてもカウンセラーはできるんです(笑)

私は分析したり、解決策を考えたりするのが好きなので、話を聴くのは情報収集のためです。共感は苦手だけど、情報収集は好きなのです。それに気付いてから、共感とか受容というカウンセラーとして当たり前に必要だと言われてる要素がなくてもいいや、と思うようになりました。

受容と共感は信頼関係を築いたり、それだけで相手の心を癒したりできる素晴らしい才能なのですが、私にはどうもそれが欠けているのです。
でも、信頼関係は別の方法でも築けるし、癒しの方法は無限にありますから、別にそれがなくても困らないことに気付いたのです。

私は文章を書くのが好きだし、分かりやすく伝えるのが好きだし、それなりに論理的に表現できます。
それで信頼関係は築けるし、時には癒しも生めます。

方法は100万通りもあるんだから、自分が持ってるものを組み合わせて、自分がやりやすい、自分らしいやり方を見付ける(創造する)ことで、なんとでもなるんです。

これはもちろん営業宣伝広報においても同じです。ブログを書くのが苦手なら動画で、イラストで、口コミで集客すればいいのです。
方法論にこだわる必要なんてありません。

自分にすでに備わっている個性を活かして、自分に合うやり方をしていけばいいのです。

これをビジネスの世界では「強みを尖らせる」などと言います。

それに気付けば世界でたった一人のカウンセラーになれます。

だからこそ、自分のことをよく知る必要があります。女性の皆さんは自分の髪質やお肌について、よくご存知だと思います。嫌だといっても癖っ毛は直らないわけで、それを受け入れた上で、かわいい髪型を長年模索してきたと思います。

それと同じことですね。

癖っ毛だからかわいくないわけでなく、工夫次第で美人になれます。メイクも同じ。

自分を知り、あるものを受け入れて、肯定することです。
そして、自分の個性を改めて眺めて、どうしたらいいのか?を考えていきましょう。
そのためのノウハウは世界中に転がってます。

もし、その個性を知り、さらに強みを見付けて活かせる方法が知りたければこのセミナーを活用ください。

東京:1/27(日)13:00-16:00 カウンセラーとしての「強み」を発見して「活用」するセミナー~ストレングスファインダーを活用して~(神楽坂)
https://nemotohiroyuki.jp/event-cat/27596

今のあなたで十分成功できます。
その秘訣についてお話しさせてもらいました。

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『情報発信に抵抗がでる理由』

『情報発信に抵抗がでる理由』

初のスクールである「お弟子さん制度」がこの週末にスタートしました。
思ったよりもはるかにレベルの高い人たちが集まって下さって、正直、びっくりしています。
みんな、すでにどこかで学ばれてきた人ばかりのような感じです(もちろん、そういう方も少なくありませんが)。

さて、お弟子さんたちはブログかYoutubeでの情報発信を宿題にしているのですが、すでにブログを書いている方はともかく、これから始める方は相当ハードルが高いと感じられるものです。

それはどこかで「ちゃんとしなければ」「うまく書かなければ」という思いが強いからです。

ちゃんとしてないのにちゃんと書こうとすれば当然壁がそびえたちますし、まだ学び始めだとするならばうまく書けることなんてないので、当然一行も書けなくなります。

カッコつけちゃうんですよね~。

そして、もう一つは怖れがいっぱい出てきます。

誰かに批判されたらどうしよう?
その程度なの?って言われたらどうしよう?
偉そうに!って言われたらどうしよう?
友だちにバレたらどうしよう?

まず、作りたてのブログは残念ながらその情報を知っている人以外が訪れることはまずありません。
Googleにもまだ登録されていないし、登録されていたとしても全然上がってこないものです。

ましてや友達にバレるなんて、自分がその情報の一旦を自ら発していない限りは名前で検索しても出てこないものです。
(名前替えちゃえばいいしね)

ということで、全然安全なんですけどね~

とはいえ、その怖れはすべて「投影」でもあります。

自分が自分を批判しています。
自分が自分のことを「その程度」と見ています。
自分が自分に「偉そうに何言ってんの?」と言っています。

つまり、その怖れは自信がないからこそ生まれるものなのです。

・・・ていうか、自信ないの、当たり前だよね???

そこで背伸びしてるの、だーれだ???(笑)

もし、批判されたらどうしよう、と思ったら、ブログの文章に「こんなこと書いたら批判されるかもしれないけれどー」って書けばいいと思います。

それが自分の本音だから。

「私ごときがこんなことを言うのはおこがましいんですけどね~、でも、言いたいから言わせてください!」って書けばいいのです。

あと、心理学やカウンセリングの勉強をしていると、どんどんマニアになっていきます。
仲間たちも一緒に学んでいるのでペースは違えど少しずつマニアになっていきます。
そうすると、仲間同士で知っていることがまるで世間の常識のように思えてきます。

その結果、どうなるか?というと、「自分たちの常識、世間の非常識」ということを忘れて、つい、仲間向けの文章を書くようになります。
その時、一般の読者さんは置いてけぼりをくらってしまいます。

よく心理学系のブログに専門用語が列挙されている読みにくいものがありますが、たぶん、その罠にはまってしまってるんだと思います。

だから、「その程度」のことが、ふつうの人には「革命的な気付き」を与えることがよくあるんですよね。

そういえば、まさに昨日、こんな話をお伺いしました。

「夫が部下と浮気してるのですが、平然としているどころか、『お前のせいだ』みたいなことを揉めるといつも言い出すんです。全然悪いと思っていないみたいで。」と。

カウンセラーとしては「そりゃあ、罪悪感がてんこもりですよ~」って軽く言っちゃうところですが、その奥さんからすれば「え?ほんとうですか?全然そんな風には見えないですよ?罪悪感なんてちゃんと感じてるんですか?」って青天の霹靂です。

「そうなんですね。悪いことしてるって自覚あるんですね。なんかそれを聞いてホッとしました。」とおっしゃってました。

私のブログにもけっこう「その程度」のことが書いてあります。

「初めて私のブログを読んでくれた人にも分かりやすく」というのを基本としているからです。

まあ、とは言え、私のブログにも専門用語がたくさん出てきますけどね。
自立系武闘派女子、とか、不義理非人情、とか、ロケットランチャー、とか(笑)

でも、内容はそこに置いてます。

だから、専門家や色んな心理系ブログを読み漁っている人が見たら「当たり前のこと」や「その程度のこと」ばかりを書いているように思えるかもしれません。

けど、それでいいんです。
彼らを相手にしているわけではないので。
彼らがセミナーに来たり、カウンセリングを受けてくれるわけではないので。

来て頂きたいのは、今、何とかしたい問題を抱えている人だから、そういう方々が分かりやすく、希望を感じ、笑顔になれるような情報をお届けしたいと思ってるんです。

情報発信をするときに出てくる怖れは実は自分を見ているときに出てくるもの。
その話を届けたいお客様がはっきり見えていたら、その怖れは乗り越えられます。

理想のクライアント像をできるだけ具体的に設定しよう!と言うのは、この話を聞かせてあげたい人を明確化させるためです。

そしたら、きっとお客様目線でもっと自由に書けるようになるんじゃないかな?

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『失敗感は大切なもの』

失敗するのっていやだし、怖いし、できれば避けて通りたいと思うのが人情ですが、特にカウンセラーを目指したり、何か新しいステージにチャレンジしたりするときには、むしろ、失敗した方がいい(失敗してもいい)くらいの気持ちが必要なのかもしれません。

カウンセラーを目指す方は今もたくさんいらっしゃいますが、ほんとうにそれで食べていける人はほんの一握りだと思います。
それでも私がカウンセラーになった頃に比べれば格段に増えていますが、でも、100人が100人成功するようなほどのマーケットにはまだほど遠いのが現状です。

失敗する、ということは、チャレンジした、ということ。
そして、失敗した、ということは、何かを学んだ、ということ。
失敗した経験は、改善策はじめ、新たな学びをほんとうにたくさん与えてくれます。

成功者の多くは数多くの失敗をしてきています。
もちろん、それを「失敗」と捉えてない人も多いと思いますが。

だから、私は失敗感ってとっても大事だと思っています。

学ぶ意欲が出てきます。
謙虚になれます。
目指すものへのコミットメントが高まります。

だから、むしろ、失敗して、失敗感を抱えた方が優秀なカウンセラーになれるんじゃないか?とすら思えるのです。

そもそもクライアントさんが持ち込んでくれる話って失敗感にまつわるものばかりでしょうし。

失敗が怖い、と思う裏には人の目を気にしていたり、プライドが邪魔していたり、コミットメントや愛情が足りていなかったりと様々な事情があります。

失敗したら人にどう思われるか?を考えてしまうのです。
失敗したら恥ずかしいと思ってしまうのです。
失敗するくらいならやらない方がいいくらいのコミットメントしかないのです。
失敗するならやらないと思ってしまうほど、それをまだ愛せていないのです。

その失敗する怖れを乗り越えるには、そうした要素を排除していけばいいんです。

人にどう思われても気にしない!と高らかに宣言しましょう。
失敗してもそれを受け入れてくれる仲間を作りましょう。
失敗はすべてネタになることを知りましょう。
失敗してでもやりたい!と思えるくらいコミットしましょう。
それくらい目指すものを愛しましょう、大好きになりましょう。

そうして、失敗すればするほど、学びが増えるし、愛情も深まるし、コミットもできるし、成長していくんです。

だからね、ほんとのことを言えば、成功なんてしない方がいいんですよね。
失敗を繰り返したまんまの方が、どんどん成長できるもんね。
成功した、と思った瞬間、終わっちゃうもんね。

なので、やっぱり私は自分が成功したとは思えないし、思いたくもないし、自分がやりたいことに向けてどんどんチャレンジしていきたいと思っているのです。

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『うまくやることより続けること』

恋愛や夫婦でもそうですけれど、ビジネスに関しても「うまくやる」「うまくいかない」という言葉が飛び交っているように思います。

ここでいう「うまくいく」というのはたいてい「思い通りにいく」「計画通りに進む」という意味で用いられることが多く、よくよく考えればそんな都合の良いことはそうは起きないよねえ、ということばかりかもしれません。

また、それゆえに「現時点での結果」で「うまくいく」「いかない」を判断していることも多いんじゃないでしょうか。

企画コンペのように結果が明らかに出るものならばまだしも、継続的に物事が進んでいく人間関係やビジネスにおいては、あくまで「現時点での評価」ということを意識していないと、途端にやる気を失ってしまうことになります。

カウンセラーというお仕事についていつもお伝えしたいのは「継続性」ということです。
太く短くもいいけれど、細くても長くやって欲しいなあ、というのが私の願いです。

スクールやコンサルグループなどを作ると、それぞれのメンバーに少なくない競争意識が芽生えます。

ある人は3か月で「結果」を出したりします。
そうすると他の人はその人に嫉妬したり、その成果に焦ったり、自己否定したり、自分にダメ出しをしたりしてしまいます。

ついつい「他人軸」になって比較・競争の罠にハマってしまうんですね。

だから、「10年続けるつもりで今を見つめてくださいな」というお願いもよくしているんです。

競走馬の世界でもそれは言えます。
2歳でデビューしですぐに活躍する早熟な馬もいれば、古馬(4歳以上)になってから重賞レースを勝つ晩成型の馬もいます。

最近、よくニュースになるオジョウチョウサンという馬は通常のレースでは成果が出ずに、障害レースに転向しましたが、そこでもすぐに結果が出ませんでした。
しかし、厩舎が気長に調教を繰り返していたら、大レースを9連勝もする名馬になりました。

いつ花が開くかは分からないけれど、うまく行かないからと途中で辞めてしまったら花は咲かず仕舞いですよね。

だから、うまくやることよりも続けることに意識を向けて頂きたいと思うのです。

うまくやろうとすると、どうしてもテクニックに走ります。
テクニックも悪いわけではないし、一時的に使うのならばいいけれど、ずっとそれを繰り返していくのはしんどいことが多いです。

長く続けることを前提にして考えられるようになると、少しゆったりと自分を見つめることができます。
そうすると、よりスキルを高めるために別の学びをしたり、いろんな人に会って話を聴いたり、ブログなどでの情報発信もマイペースでできるようになります。

「うまくやるよりも長く続けること」

ぜひ、これを意識して頂ければと思っています。

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『成功の仕方は100万通り』

よく世の中には成功法則なるものがはびこっております。
カウンセラー向けのコンサルティングを提供される方も最近は増えて来て、このやり方を学べば間違いない!という触れ込みもSNSの広告などでよく目にします。

もちろん、そのやり方が間違ってるとか、おかしい、ということはなく、確かにその方法で成功される方もきっといると思います。

でも、昨日の記事に書いたように私は「何も言えねえ」と思っているカウンセラーですので(笑)、そこまではっきりと成功法則をお伝えできる自信などこれっぽっちもありません。

そもそも自分が成功しているのかどうか?という点ですら曖昧ですので。

カウンセラーとしての成功って皆さんはどんな風に定義しているでしょうか?

予約がすぐに埋まるカウンセラーになることなのか。
本を次々出版できるカウンセラーになることなのか。
弟子がどんどん育っていくカウンセラーになることなのか。
セミナーをバンバン満席にできるカウンセラーなのか。
クライアントの問題を次々解決できるカウンセラーなのか。
その他、もろもろ。

ちなみに私の場合、カウンセラーとしての成功イメージというのは明確に持っておりません(笑)

ああ、こういうことを書くとこの記事の説得力が全くなくなってしまうのだけど・・・。

自分がやりたいことが自由にできる、というのが私にとっての唯一の成功イメージです。

やりたいことというのは、いろんなところに行って、いろんな人に会いたい、とか、思い付いたセミナーをすぐに実現できる、とか、南の島に家を持って自由に行き来する、とか、美味しいお店に通うことができる、とか、家族で楽しい時間を過ごす、とか、仲間たちとあちこちで遊ぶ、とか、そういうことです。

うん。私の成功イメージは参考にしなくていいです(笑)

これは「今」のものなので。

かつての私に思いを馳せて見ると、やはり予約がバンバン入り、クライアントさんに喜んで帰ってもらうカウンセラーになる、ということでした。

その後、セミナーが好きになり、セミナーがバンバンできるカウンセラーになること、が夢でした。

旅好きですので、あちこち出かけていきたい、というのもありましたし、今では定例となっている、リトリートセミナー的なことをやる、というのも成功イメージでした。

本を書く、というのもある時から大事な夢になりました。

それらはある意味で叶ったとも言えるし、ある意味ではまだ途上と言えます。
これが私がまだ成功したのかどうか実感がない、という発想に繋がっています。

そして、その成功への道というのは無限にあると思っています。

※それを福島先生は100万通りという風に表現しているので、今回もパクらせていただきました(笑)

そもそも人それぞれ個性が違うのだから、当然と言えば当然ですね。

だから、自分なりに試行錯誤しながら、自分なりの成功への道を開拓していっていただきたいと思います。

私が提案するのは、私が良いと思っているいくつかの方法です。
それがすべてではないですし、正解でもないですし、ましてや、義務でもありません。

私が提案する方法を参考にしつつ、自分のやり方に落とし込むことが大切です。

「おぉ!これはいいな!やってみたいなあ!」と思えば、すぐに行動してみましょう。

「このやり方、いいと思うんだけどなあ。ちょっと重たいなあ。様子見しとこ」って自分の中で温めておくのもいいと思います。
そのうち、腑に落ちて、自分なりにアレンジができるようになるはずです。

この試行錯誤しながら道を切り開くプロセスで大事なことは「楽しむ」ということ。

ゲーム好きな人はきっと分かると思います。
そのゲームを攻略するのとまったく同じ発想でいいから。

また、成功の定義も人それぞれ違うので、あの人が先に行ったとか、あの人が先に売れてる、とかそんなことも気にしなくて大丈夫です。

自分なりのペースで進んでいくのが大事。
これはよくマラソンに例えられますね。

そして、そういう道をあれこれ模索しながら失敗したり、うまく行ったり、という経験がすべてネタになります。

ダメだったときはなぜダメだったのかを考えることで他の誰にもできない成長ができます。

だから、ほんとうは失敗なんてないんですよねー。

成功への道は100万通りある!ということ、ぜひ、覚えておいてください。

そうすると辺に焦ったり、頑張りすぎたり、周りと比較したり、凹んだりすることが亡くなると思います。

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『結局、何も言えねえ・・・。』

日本のカウンセリングのスタイルというと基本的に「傾聴、受容、非指示」というロジャース式が一般的です。

私は長らく「指示型(提案型)」のカウンセリングをしてきているのですが、そこで辿り付いた形が今日のタイトルなんです。

私のセッションを受けたことのある方なら「うーん、そうだよなあ・・・」と腕組みをしながら考え込んでる私の姿を見たことがあるかと思います。

その間、どうしたらその問題がより良くなるのか?クライアントさんが幸せになるのか?を考えているわけですが、結局のところ、

「好きなようにするのが一番だよ」

「したいようにしたらいいんだよ」

というありきたり、そして、誰もが思いつきそうな回答を提示していることが多いのです。

「そうなっちゃうにも理由があるわけだしなあ」と思えば、クライアントさんのやってらっしゃることにあれこれ口を挟むのは領空侵犯だと思うし、「こういうやり方もあるけどなあ」と思っても、それがクライアントさんのお口に合うかどうかは分からないし、と。

で、結局のところ、とても前向きな意味で「何も言えねえなあ」と思っちゃうんです。

つまり「ああしろ、こうしろ、それはいけない、それはダメだ」みたいなことはとても言えないのですね。

とはいえ、完全なる非指示型ではないので、「その原因を排除していきましょうよ」とか「こういうことを今日からやっていきましょうよ」という提案をしたり、宿題を出したりするのですが、それだって、ほんと「私からのささやかな提案でございますが」というテイなのです。

クライアントを信頼する、プロセスを信頼する、という意図が私には常にあります。
そこから自然とクライアントさんを尊重する、という風に思っています。

その人にはその人なりの幸せの形がある、ということです。

これはお弟子さん制度やコンサルティングについても言えることで、結局はその人が自分らしいやり方を自分で見つけていくしかないと思っています。

僕はこういう風にやってきたよ。
僕はこういう風に考えているよ。

ということを伝えることはできますが、それを強制するつもりは全くありません。

例えば、「カウンセラーとして成功するなら情報発信をしなきゃいけないよね。だって、自分を知ってもらうためにはそうしなきゃいけないし」という考え方があります。

私はその考え方に同意するんですけど、それは私が同意していることであって、お弟子さんやクライアントさんがそのやり方に合ってるかどうかなんて分からないですよね。

だとすれば、「まあ、そういう考え方が一般的でございまして、皆さんも良かったら考えてみてくださいね」とは言えるけれど、「絶対そうしなきゃダメです」なんて言えません。

そこでこれからお弟子さん制度を始めるにあたって迷いが生じるわけです。

じゃあ、どうやって個性が違うお弟子さんたちを導いていけばいいのだろうか?と。

そんなことをお弟子さん制度を企画し始めた去年の3月からずーっと考え続けてきました。

で、その結果、たどり着いたのが「何も教えない」ということ。

いや、正確には「何も教えられない」のです。

自分の姿を見てもらい、自分がやってきたことをやってもらい、それをどう感じるか?それをどう受け取るか?は各自に任せてしまいましょう、と。

ただ、やり方はお任せするけれど、あり方についてはチェックさせてもらおうとは思っています。

「それってクライアントさんのためになってる?」

「その質問の意図ってなんだ?」

「その提案はどうしてしたの?」

そうした点についてはツッコミを入れていくつもりです。

でも、やり方については何も教えられないので、自分の個性を活かすスタイルを各自で研究していっていただくことにして、その場を私は提供しようと思いました。

自分らしいやり方、スタイルを見つけることができる場。
その見つけたスタイルを安全に実践できる環境。

でも、これ、私のセッションやセミナーにも通じるところがあります。

私は場を作り、提供する人なのかもしれません。

そして、その場の中で自分を知り、見つけ、活かし、そして、そこから羽ばたいていただこうと考えています。

まあ、とはいえ、何だかんだ指示しちゃうこともあるかもしれないけれど、その人のやり方については「何も言えねえ」ということは共通しています。

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『情報は取捨選択する』

「成功するカウンセラーになるために」とか「カウンセラーとして最低限知っておきたい○○」などの情報をネットで目にすることがあります。

私も「カウンセラーのための○○講座」みたいなことを主催しているんですけどね。

で、自信のないときってそういう情報を鵜呑みにしてしまいがちなんです。

もちろん、セミナーだけじゃなく、メルマガ、ブログ、FB等の情報についても同じこと。

で、皆さんにお願いしたいのは「カウンセラーってやっぱり○○しなきゃいけないんだ」とか「○○くらいは知らないとダメなんだ」みたいな情報に惑わされないでくださいね、ということなんです。

いや、別にその情報が間違ってる!ということを言いたいわけじゃないんです。

その情報が自分に合ってるかどうか?を見極めるだけの余裕を持って頂きたい、ってことなんです。

私も何だかんだセミナー好きで、情報好きなので、時間があればセミナーに出向きますし、ビジネス関連を中心としていくつかのメルマガを購読しています。

でも、時にはその内容に関して「ああ、今日のネタは僕の考えと違うなあ」とか「うーん、分かるんだけど僕には合わないなあ」なんて風に思っています。

もちろん、その多くは「なるほど!これは使える!」とか「ああ、痛いとこ、突かれた。その通りだ。自分を改めよう」という気付きが多いのですが、時には、先ほどのようなピンと来ない情報も目にするんです。

で、そういう情報はとかくスルーすることにしています。

「自分にフィットしない」と思うからです。

この自分にフィットするかどうか?というのはほんと感覚的なものです。
頭ではいいと分かってるんだけど、違和感ありあり、というのであれば、そのやり方はあなたには合っていないわけです。

そんなときに自信がない度合いだけ「自分の考えが甘い」とか「自分が未熟だからだ」とかいろいろ理由を付けて頑張ろうとしてしまいます。

頑張りたくて頑張るのはもちろんいいことなのですが、自分にフィットしない(サイズの似合わない服)ネタから一生懸命学ぼうとしても(頑張って着ようとしても)やっぱり苦しいだけだと思うのです。

だから、情報は堂々と取捨選択していいんです。

私が購読しているあるメルマガで、昨日か一昨日「うーん・・・確かにある面ではそうなんだけどなあ・・・僕はそこまでは言い切れないし、必ずしもそうとは言えないよなあ。」と思える配信を受けました。

なので、私はその内容については「スルー」したのですが、だからと言ってその人と自分が相性が悪い、とか、メルマガを解約する、なんてことには至っていません。

「今日のその分野のその見識については、僕と違っている」と思っただけです。

盲信的って言いますけど、自分が尊敬する人の言葉は100%受け入れなきゃいけない、と思っている方も珍しくないようで、そういう方から話を伺うとほんとうにびっくりしてしまいます。

要するに「美味しいとこどりをすればいいのだ!」ということをお伝えしたいのです。

「A先生の話、面白くて、ためになるとは思うんだけど、時々、古い考え方が出て来て、そこは違和感があるんだよねー。もちろん、A先生のことは大好きだけど」

・・・みたいな感じでいいと思うんですよね。

そうして、いろんな人のいろんな話を聴いて、そこで自分とフィットする考え方や表現の仕方を採り入れたら、今度は自分がそれをアウトプットできますね。

自信がない時(自己肯定感が低い時)によく起こりがちな「盲目現象」を紹介しました。

「私はどう思うの?」という自分軸を常に心がけたいですよね。

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『カウンセラーって○○だよね?という定型に縛られなくてもいい。』

カウンセラーと言っても「定型」があるわけではありません。
一応、日本では「話を傾聴し、共感し、受容する」という形式が一般的になっているので、カウンセラーと言えば「話をちゃんと聴いてくれる人」と理解されています。

また、カウンセラーというのは優しい人が多く、何でも受け入れてくれる人、というイメージもあります。

いわば「うんうん、そうか。大変だったね。それで?」って優しく聞いて、受け止めてくれる感じでしょうか。

他にも、「カウンセラーというのはあれこれ指示しない」と思っている人もいれば、「カウンセラーは答えを教えてくれるもの」というイメージの人もいるでしょう。
「カウンセラーは専門知識に長けている」とか「様々な情報を持っている」と思っている人もいます。

カウンセラーに限らないですが、人は自分のイメージを相手に貼り付けて勝手に期待するものです。

そういうイメージに応えようとするのが楽しい時はいいのですが、そうでないときにそれをやると本業以外のところで疲れてしまいますね。

「カウンセラーなのに○○なんですね」と言われることも私はよくよくありまして(最近はさすがにないけれど)、不思議な思いをしたものです。

よくあったのは、

・カウンセラーなのに無愛想
・カウンセラーなのに話をちゃんと聴いてくれてるのか分からない
・カウンセラーなのによくしゃべる
・カウンセラーなのにあまり共感してくれない

などでしょうか。他にも多分ありましたが(苦笑)失念しました。

まあ、それでも20年近くやっていられるので、そのイメージに応えなくてよかったです(笑)

なので、「カウンセラーだから○○じゃなきゃいけない」なんて思わなくてもいいです。

そう言えば、以前「恋愛カウンセラーをしてるのに失恋しちゃって、言ってることに全然説得力がなくなっちゃう」って言ってた仲間がいたのですが、「いやいや、それもネタだから」って伝えました。

そういうことも含めて、そんなイメージに振り回されることなく、私は私、と自分軸で、自分らしいカウンセラーを目指して頂けたらな、と思います。

むしろ、一般的にイメージされるカウンセラーと違うところはあなたの売りになることもあります。

カウンセラーだけどチャラいです~

とか、

カウンセラーだけど人の話、あまり聞きません~!

とか、

カウンセラーだけど、共感とか苦手です~!

とか。

今の時代、カウンセラーがめちゃくちゃたくさんいますから、むしろ、ふつうのイメージの逆を突いてみるとインパクトが残りますよね。

もちろん、「カウンセラーになるんだったら根本さんみたいにならなくては」とか思っちゃダメですよね。

真似たいところは真似てもいいけれど、あくまで自分がしたいように、というのが基本です。

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