『どんな問題の中にも愛を見ることはできるんじゃないでしょうか?』

先日、ある罪悪感にまみれた奥様をカウンセリングしていました。
「奥様」「罪悪感」とくれば、まあ、分かると思いますが、そういうご相談です。
罪悪感にまみれすぎてそれがマヒしてるくらいでしたが、カウンセリングに来るってことは、それが辛いってことなので、ご丁重にお話を伺っていきました。

私は「罪悪感と愛の量は比例する」という考えの持ち主なので、それくらい罪の意識がある、ということは愛が深い人なんですよ、という話の展開をしていきます。

一見、旦那さんの悪口が続きます。
一見、自己保身的な言葉が連続します。
一見、親を悪者にしてるように見えます。

ふつうに聞いていると、その奥様にむかついてきます。

でも、その「相手をむかつかせる」ということも、罪悪感に乗っ取られたクライアントさまがよく採る手段と知ってるので、私もむかつきつつも、その一方で、

「それなのに、なぜ、カウンセリングに申し込んだんだ?」

という意識を外さないようにします。

「罪を憎んで人を憎まず」という言葉があるように、自己保身を繰り返すクライアントさんは罪の意識に乗っ取られて出てしまう言葉なんだと思うんです。

何とかしたいから、苦しいから、希望が欲しいからカウンセリングに来るんですね。
カウンセリングで悪態をつくのも、それを受け入れ欲しいから、許してもらいたいからなんですよね。

「ほんとうは罪悪感に苦しんでる」

そういう目で見てあげないと、クライアントさんの感情や態度にカウンセラーが振り回されるようになります。

カウンセリングを受けに来た。しかも、安くない金額を払って・・・。ということは、それなりの思いがクライアントさんにある、ということなのです。

だから、クライアントさんの言葉に振り回されても、どこか一部はその冷静さを保つ必要があると私は思っています。

通常ブログでこんな記事を書きました。不倫の記事ですけどね。
http://nemotohiroyuki.jp/manwoman-psychology/16211

この中でも触れていますが、私の場合は、なぜ、そうならざるを得なかったのか?の仕組みが知りたいと思って話を伺っています。

クライアントさんがしていることが良いことなのか、悪いことなのかなんて興味はありません。(というと大げさですけど)

どうして、そうならざるを得なかったのか?というのを知りたいと思って聞いていると、そうならざるを得なかった理由が見えてきます。

そうするとクライアントさんに対してむかついていた気持ちはスーッとなくなっていきます。

「あなたも辛かったのね」

そういう言葉しか出なくなります。

やり方はなんでもいいと思うんですよね。
クライアントさんはわざわざ時間とお金を使ってカウンセリングに来てくれているわけです。
どんな事情があるか分かりませんが、何らかの助けを求めて来てることに間違いはありません。

だとするならば、その「心」を信頼して見てあげることがカウンセラーとして与えられる愛じゃないかな、と思うんです。

私の場合は、その人の心理を分析し、起きているできごとが「避けざるを得ない、必然の結果」であることを知りたいと思って話を聞いています。

それは私のやり方なので、皆さんは皆さんなりのやり方を踏襲してください。

必ずそこに「そういう事情だったら責められね~よな」という現実が浮かび上がってきます。
逆に、それが浮かび上がるまでは徹底的に質問をします。

それが私なりのクライアントさんを愛する方法です。

だから、カウンセリングが終わる頃には笑えるようになります。
笑えるだけの情報を私は得ているから、クライアントさんを許すことはさほど難しくありません。

「そんだけの人生を歩んできたんだったらそうなるわなあ」ということです。

このセミナーの告知文で紹介した事例もまたそんな「なぜ?」を繰り返した結果、創り上げたストーリーです。
http://nemotohiroyuki.jp/event-cat/15780

「そうならざるを得なくて、そうなっている」

それを理解してあげることが、カウンセラーとしての愛かなあ、と私は思っているんです。

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