『自立と依存、罪悪感と無価値感(4)』

罪悪感というのはあらゆる問題の根底にあるもので、だから、どんな問題をシェアされても「罪悪感があるよね」という見方をしていれば間違いのないものです(笑)

この説はあまりほかの方は言ってないんですけど、私は「愛と罪悪感は比例する」と考えていまして、愛情があればあるほど、その人に対して罪悪感を感じやすい、と思うんです。

だから、罪悪感は「愛」として見ていくことが癒しが早いのでは?と思っています。

罪悪感があると様々な問題を派生させます。
・自己攻撃、自己破壊的衝動
・幸せや喜びを選べない
・癒着関係
・各種依存症
・愛する人を傷つけてしまう
・大切なものを壊してしまう
・愛させない、愛を受け取れない
・他者攻撃、批判
・正しさの主張
・競争心
・モラハラ、パワハラ、DV
などなど。

それで、罪悪感というのは「許し」が必要になるのです。

「愛と許し」です。

ところが、クライアントさんが自分を許したり、愛したりするためには、カウンセラーがそのクライアントさんを許し、愛する必要があります。

例えば、明らかに悪いことをしている、誰かを傷つけている、そんなクライアントさんを前にするとカウンセラーも人間ですし、助けたい人ですから、ついついクライアントさんに攻撃的な思いを持ちやすくなります。

また、過剰に同情して寄り添い過ぎるとカウンセラーとクライアントがすぐに癒着関係になってしまいます。

罪悪感を抱えたクライアントさんをカウンセリングすると、カウンセラーが何よりも成長させられるのが実感できるでしょう。

時に攻撃され、時に否定され、でも、頼られたりします。

そういう部分を受け入れ許していくと、もともと自立的な存在ですから、あなたの宣伝マシーンになってくれることもあるのですよ。

いかに愛するか?
いかに許すか?

カウンセラーがリーダーシップを取ってクライアントさんに接してあげましょう。

「どうしてそうせざるを得なかったのだろう?」

他の選択肢はなかったと考えます。
そうする他なかった、とすればなぜか?

そうすると、罪悪感に苦しむクライアントさんに「あなたはそれしかできなかった。なぜならば・・・」という理解を与えることができます。

そうすると、クライアントさんも自らを受け入れることができます。

だから「誰も悪くないんです。」というのが結論です。

実際、何も悪いことは起きていません。
何かがそれを悪いことだと評価・判断しているだけです。

ただ「それ」が起きているだけです。
ものごとはすべてニュートラルで何の意味も持ちません。
それを観察する人が意味を付けているだけです。

だから、罪悪感を感じたくてその事象をそのように受け取っているに過ぎないのです。

だから、誰も悪くないし、何も間違っていないのです。

Share on Facebook0Share on Google+0Tweet about this on Twitter